Home » 所長ブログ, 新着情報

‘所長ブログ’ Category

ASA磯子 所長ブログ8/9

2015-08-09

7月中旬、ASA磯子従業員へスポーツシューズプレゼントをしました。
初めにABCマートWebをチェックしましたがタイミング悪くセールは終了していました。
ちょっと残念。

それでも5000円の予算だと70種類もあり、
従業員に商品カタログを見せて一つ一つメーカーや型番を決めていきました。
「少し手間だけれど大したことない」と思いながら。

ところが、2、3足調べると、従業員の好む派手なモデルの在庫が
殆どそろっていないのです。

Webは万能に思えますが、せっかく選んでも自分に合ったサイズがありません。
ですので選んでは変更するを繰り返すばかり。

私の中に『なんで在庫の無い物ばかり選ぶんだ!』の怒りが沸き出しました。
面倒になって、予め在庫状況の全てを調べてから注文する事にしました。
Web検索は数も多く手間がかかります。

またぞろ持病の『面倒臭い』が発病しそうになりましたが
商品を受け取る時の嬉しそうな笑顔を思い浮かべながら
パソコンと数時間の格闘後、なんとか発注が終了しました。

注文が終わると今度はシューズ到着が待ち遠しいもの
でも今は翌日には到着してしまう。
「早すぎる!」

便利なパソコンは、商品到着までに思いを馳せる時間を短縮してしまいます。
何日も待ち焦がれる待ち遠しさは、過去の物になったようです。

ASA磯子 所長ブログ7/6

2015-07-06

7月11日、いよいよ夏の甲子園野球、神奈川大会が始まります。

前評判の高いのは東海大相模高校です。

他の第1シード校は桐光学園、相模原、橘です。

私の母校の日大藤沢は第2シードでした。

暑い夏、甲子園の夏、ASA磯子は熱い球児たちを応援します。

ASA磯子 所長ブログ6/29

2015-06-29

先日、友人の紹介で埼玉県川越市の河川敷で行われる10kmウオーキングに参加しました。

知人も無くて心細かったのですが
主催者に割り振られた5人組が決まると後ろから声が掛かりました。
「歩くだけだし、楽しくやりましょう!」
振り返ると色黒で肉付きの良い男性からだった。
彼は埼玉県で豚骨ラーメン6店の経営者で
厳つい顔に似合わず言葉使いは丁寧、
ニコニコ笑顔を振りまく繊細な振るまいだった。

日頃から多くの接客や従業員指導をしている感じが見て取れた。
私が新聞販売店を経営していると告げると
「人の管理が大変でしょう!」
わかりやすい反応ですぐに共感モードだ。
「最近は、ラーメン業界でも若い従業員は叱られるとすぐにヘソを曲げて退社してしまうし、
とにかく従業員の確保が大変だ」と、こぼしていました。

「一蘭」「一風堂」みたいに海外展開したら弾みが付くんじゃないですか?
素人感覚で質問したら、
「海外は良いね、欧米人はラーメンの材料費や人件費は気にせず料理の味に値段を付けるし、
パリやニューヨークではラーメン一杯2,000~3,000円でも客は入る。」
「だから勝負したいけどね。」

しかし、店を任せる店長が育たないそうだ。(お金の管理とか・・・)
新聞販売店も同様で人材の確保で苦労をしている。
今は多くの業種が従業員の奪い合いを繰り広げている混乱期だ。

さー、どーしよう。
ASA磯子の吉凶は塞翁が馬なのか?
やはり人事を尽くさなければ危ういと思う。
突然のウオーキング参加だが
なんだか考えさせられた一日だった。

ASA磯子 所長ブログ6/13

2015-06-13

天声人語書き写しを始めました。

切っ掛けは、読者の皆様におすすめしている私が書かないとは
「けしからん!」
と言うことで、意気揚々と切り取った天声人語をノートに貼り付けて準備完了。

張り切って見たものの、603文字を写すのに30分以上も掛かり
意外と大変な作業になりました。

何とか続けること3日間、4日目にお休み、中3日で再開で休み、
結局週一回のスローペースで落ち着きました。

書いているとボールペンの書き味が気になりました。
これまで就職祝いで頂いたクロスのボールペン、
洒落で買ったモンブラン、
勧められて買ったペリカンやファーバーカステル等も使いましたが
書き味にこだわって最後にたどり着いたボールペンは
200円の三菱ジェットストリームボールペンです。

みずみずしい書き味とお値段が気に入ってます。
ブランドや評判も気になりますが、
やっぱり最後は自身で使ってみて感触の良いボールペンが一番だと思います。

今年の新入社員が「消せるボールペン」に例えられてましたが
私は消せないボールペンが好きです。

後には引けない、背水の陣のような潔さが良いし
間違えても修正液のお世話になりながら成長して行くのです。
天声人語書き写しノート一冊を書き終える事が大きな目標になってしまいました。

ASA磯子 所長ブログ4/26

2015-04-26

日経就職セミナーで影響を受けた勢いで就職都市伝説を調べてみた。

CMの一言を言えば内定?
札幌ビールの面接で
 
 人事「じゃあAさん志望動機きかせてくれるかな・・・」
 学生A「・・・・無言・・・・」
 人事「・・・・・じゃあ自己PR」
 学生A「・・・・無言・・・・」
 人事「・・・では終わります」
 学生A「男はだまって札幌ビール」

この後、内定。

この話、私も30年前に聞いた事がある。
名のある企業に就職したい思いが今なお語り継がれている。
それほど就職活動は厳しい。

一般に「学歴フィルター」は有名で
「うちの採用で大学名は全く関係ない!」
と言いながら説明会の参加などにあたって企業が大学によって差をつけることがある。

先日のセミナーで、藁をもすがる涙目で質問してきた学生の姿が今も思い出される。
日経就活セミナー成功の理由を日経社員に尋ねてみた。
自信に満ちた表情で、
「現在、学生の情報ツールはほとんどがスマホですよ、
この中に良くも悪くも大量の情報が蓄積していて、いくらでも閲覧できる。」

「ただ問題は、どの情報が有益なのか混沌としていて区別できない、
そこで信頼できる情報源としてTVはNHK、新聞は日本経済新聞だ。
これ、学生の間で常識になりつつある。」

「だから日経が脚光を・・・」

説明に朝日や他新聞の話題が一つも無かったのが残念だった。
朝日は昨年の誤報問題で出鼻をくじかれ、ネガティブキャンペーンに走ったYやS紙も
混沌とした情報源として扱われてしまったのか?
冷めた評価を下されて就職ツールとしては視界に入らなくなっているのか?

朝日新聞の就活セミナーも開催中だ。
日経に負けじと奮闘している。

ASA磯子 所長ブログ4/14

2015-04-14

新年度がスタートしました。

ASA磯子も4月からニューフェイスの登場です。
インドネシア人男性1名を配属しました。
磯子2・3丁目周辺を担当します。

小柄でクリッとした瞳が印象的、
「NHKあさイチ」産直LIVEリポーターの篠山輝信に似ていて可愛い感じです。
日本語も日常会話はOKです。

彼はインドネシア第二の都市スラバヤから来ました。
既にスラバヤ大学を卒業していて

将来は日本語の先生になるのが夢です。
応援したいと思います。

ASA磯子 所長ブログ4/4

2015-04-04

4月より古紙回収をスタートしました。

ご高齢の方から
「古新聞を捨てるのが重くて辛い」
「捨てるのが面倒臭い」

当地区へ引っ越して来られた方から
「以前の地区では回収されてた」

など多くのご意見を賜りましたので始めました。

既に行われている自治会や子供会の古紙回収は優先して頂いて、
その他ご要望のある古紙回収をASA磯子で行います。

4月は3~8日※で行います。
該当地区は前日に折込告知いたしますのでご利用下さいませ。

尚、一ヶ月分でロールペーパー1個と交換いたします。

※地域により回収日が異なりますので前日に入る赤インクの古紙回収チラシの日付をご確認下さい。

ASA磯子 所長ブログ3/30

2015-03-30

私は幼少から花粉症に悩まされています。
特にスギ花粉は強敵です。

45年前から耳鼻科に通い詰めていて
デビューは青っぱなの鼻垂れ小僧でした。

昭和40年代はアレルギーと言う病名を聞いた事がありませんでした。
耳鼻科の先生も
「君は軽い蓄膿症だね」
を繰り返すだけで何も進展しませんでした。

昭和50年代からアレルギー性鼻炎が一般的な呼び名になり
60年代に入って花粉症が幅をきかしてきたと思います。
病名はどうでも良いけど“かゆい”のです。

もちろん今の私の鼻は真っ赤なトナカイで
週に何度も地元の耳鼻咽喉科のお世話になっています。
最近、マイブームの耳鼻咽喉科さんがあります。
杉田の『せき耳鼻咽喉科』です。

仕事の合間に訪れるせき耳鼻咽喉科は杉田駅から離れている為か
午後のある時間帯に行くと順番待ちが少なくて済みます。
腕が確かなら待ち時間を節約したいものです。

アレルギーという不治の病と闘い続けた成れの果ての私には、
時間を惜しむことくらいしかありません。
「かゆくて、かゆくて」
ハァー、ハー、ハクション!大魔王様、
お願いです。
魔法で花粉症を退治して!

ASA磯子 所長ブログ3/21

2015-03-21

2日目は、疲労のため午前中でスキーを切り上げた。
戸狩温泉スキー場と岸田屋さんとはお別れだ。

車移動の私は、3月から開通する北陸新幹線の飯山駅を横目に
豊田飯山インターチェンジから帰路へ、
せっかくここまで来たし、中央道山梨経由で帰る事にした。
松本城見物を思いついたからだ。
私は姓に「松本」が付いているが松本市とはご縁が無かった。
姫路、熊本、愛媛、高知、犬山城など城を廻っていても
肝心の松本城がまだった。

北陸道を長野市、安曇野市を抜け松本市へ向かうと
豪雪から一転、快晴のいい天気に変貌した。
同じ長野県とは思えない気候の違いだ。
冬の澄み渡った青空を背景に松本城は格別の美しさを放っていた。

やはり名城だ。

松本市内は町名、駅名、ホテル名など「松本」の名がふんだんに使われていた。
私も名前が「松本です」と言いにくいような雰囲気は初めてだ。
名物の蕎麦で腹を満たして帰路へ、
カーナビには磯子まで240キロ、所要時間3時間と表示された。

残り少ない体力を振り絞り運転開始、
久しぶりに強力な睡魔君と戦った。
しかし、1時間も経たずに仮眠ing、アウト!

休憩を繰り返した結果、5時間を超える悠々ドライブになってしまった。
やっとの事で帰宅できたが、これから始まる全身を駆け巡る筋肉痛に恐怖した。
50才、若気の至り旅であった。

ASA磯子 所長ブログ3/14

2015-03-14

翌朝、戸狩スキー場は予想通りの大雪だった。
スキー場なんだから雪があっても良いじゃないか!

一般論は置いといて、
朝から大雪でリフトが稼働していないのだ。
スキー場が危険と判断したのだが、30年前なら考えられない事態だ。
私の記憶では強風で止めても大雪で止まった事はなかった。
今は安全が第一だ。

リフト券売り場のおばちゃんに
「まだ動かないって?このスキー場も軟弱になったねー」
「昔はこの程度の雪で止めたりしなかったなー」
おばちゃんも営業トークで、
「そうそう」
笑顔で返してくれた。
私はいつの間にか面倒臭いオヤジに変身していた。

しばらくして運転が開始すると知った顔でリフトに乗り込んだ。
頂上のリフトを降りると初級者用斜面が広がっていた。
ふと立ち止まり、足が進まない。
緩斜面のはずが急斜面に見えるのだ。
かつて我が物顔で滑っていたホームゲレンデなのに、
「俺もヘボになったなー・・・昔は・・・」
ボヤキながら滑り始めた。
安全に、慎重に。
300メートルも滑ると息が上がってしまった。
「ハー、ハー、」
自身の老朽化は想像以上だった。

ふと見るとスキークラブの集団が上手い奴を先頭に練習をしていた。
かつての私と類似する光景だ。
しげしげと彼らを見ながら
「真面目にやっとるなー」
「まだまだ滑りが甘い!」
と、ブツブツ言いながら孤高のスキーヤーはコーヒーの香るレストハウスへ滑って行った。

各種申し込みフォーム

WEB会員

地域のインフォメーション

配達区域マップ

新着情報

最新記事はこちらから